幸せって
トースターから出したばかりの香ばしく香る、四角いバターが乗った食パンをサクサクと食べたい。
目玉焼きと、緑色のサラダを白いプレートに乗せ、銀のフォークではむはむと口に運ぶ。
明るい日差しの中黄色い自転車に乗り坂を昇る。青空と新緑輝く木々の木漏れ日。
太陽の暖かい日を背中に浴びて気持ちが良い。
楽しみとか好きなこと
全然思い浮かばない。
好きなことは美味しいものを食べること。適当でいいよと言われること。休日の予定を考えること。仕事頑張った後にコンビニで晩飯選ぶこと。休日の朝。ラーメンを食べること。居酒屋へ行くこと。温泉へ行くこと。旅行へ行くこと。海へ行こうと言われること。可愛い服を選ぶこと。自転車に乗って気持ち良い時。休日の朝窓から入ってくる木漏れ日。がんばった日の夜毛布にくるまって寝ること。ケーキを選ぶ時。(ケーキ食べるよりも選ぶときの方が幸せな気する)指輪ピアス選び。たこ焼き食べる時。公園のベンチで食べるお弁当。夜散歩に行く。季節を楽しむこと。手を繋ぐこと。ライブへ行くこと。いい本や音楽に出会えた時。冬の暖かいココア。面白いこと言い合って爆笑する時。面白いアニメ漫画。温かくて優しいこと。お土産。花束。お菓子。赤ちゃん。
かえる
また帰る。5月2回目の帰郷。
残業したから希望の新幹線を逃しちまった。おそらく故郷へ着くのは22時半、此処とは違って街の光はない。街灯のポツポツとしたオレンジの光と暗闇の道路。虫や獣の息の方が聞こえてくることだろう。つい二時間前までは白衣を纏いきびきび働いていたのがうそのように私はあの頃の制服を着た少女のようにあたかも当然という具合に母親が運転する車に拾われる。
突然の帰郷は、私の思いきりの提案である。
今週の土日はいつも一緒の彼氏は祖母のお葬式へ行くので私は1人留守番。
孤独の休日は嫌いではない。しかし、一人でギターを弾き、本を読んだり、喫茶店を巡ったりする気にはどうしてもなれなかった。
木曜日、暑苦しい仕事場に閉じ込められていただけあって家に帰ったとたん吹っ切れた。夜ご飯は作る気にならなかった。結局コンビニでご飯選ぶ時が一番幸せなんじゃないかって思いながら冷やし中華とサラダ、ティラミスを買い、鼻歌を歌いながらエレベーターに乗る。誰もいない家に帰りふひぃ〜〜と言いながらソファにどっさり腰掛ける。
恋人は今通夜でもしてるのかな。
母親に電話する。電話越しに明るい声。仕事、頑張ってるね〜!久々なのに懐かしさがないのが不思議だ。話しているうちに自然と帰ろうかなーと言ったのだ。
おばあちゃんが心配で。会える時に会っときたい。
これは本音だった。しかし私はだんだんボケていくおばあちゃんを見るのが怖かった。うつろな顔で同じ質問を繰り返す会話。想像しただけで胸が苦しくなるけど、会っておかないと二度と会えない気がした。
仕事終わりで足が痛い。いつのまにか新幹線に乗っている。サンドイッチとりんごジュース。お母さんが電話で、久々に料理の腕を振るおう楽しみ!って言っていたから満腹にならん程度に軽めのものにした。本当はビールを買おうと思ったけど。
お土産は、土産屋さんに入ってまっさきにめについた年間○○個売れるクリームパン。お母さんとおばあちゃんはパンに目がないし。
土産は要らんと言われたが、買わずにはいれなかった。
座席の机にクリームパン3つ入った袋と空のりんごジュース。
■
会社から帰るのは大体19時半。
駅の改札をぬけ、重たいリュックを背負い階段をのろのろ上がる。まだ火曜日か。
私は決まって予備校時代を思い出す。汚いビルに入り階段の昇った先の長い廊下の1番奥の白くて重たい扉。
あと何日続くのだ。あと何日行けば開放されるのか。参考書で膨れ上がったリュックを背負って猫背になり、永遠に続く廊下をのっそりと歩く。
あの頃と何ら変わっちゃいない。いつだってどこへ行ったってあの薄暗い廊下の果ての扉は私の前からなくなっちゃくれない。
繰り返し繰り返しの日々。ぐるぐるの渦の中に吸い込まれ永遠に逃げることは出来ない。
ギターの練習がしたい。ご飯を食べ、風呂から出るともう全く体力が残ってない。22時か。昔から明日は授業だから、用事があるからといって、飲み会を断ってきた。明日も仕事があって疲れるから練習はしない。日常にまんまと屈服している。
さて、私は果たして本当に疲れたことはあるだろうか。疲れると予見し勝手に疲れている。好きなことをし、疲れて仕事が出来ないことは良くないことだろうか?仕事嫌いなくせに。いやむしろほんとは仕事が好きなのか?
渦から抜け出すことができなくとも、抜けだす気力を失ったらもう若さなんてこれっぽっちもないんだろう。
孤独と幸福
gwどうだった?
私は生まれて初めて、フェスぼっち参戦をしたよ。
本当は彼氏と行く予定だったんだけど、彼氏のばあちゃんが死にそうで、彼氏はショックで熱が出て寝込んじゃったから私一人で行ったんだ。
普通、そばに寄り添ってあげるのがいい彼女なんじゃないの?って前々日くらいに思っていて、もちろん私は今回は諦めて家で本読んだり映画見たりしようかなと思ってた。風呂にも入らず、1人でチーズをつまみにワインを飲んでた。布団に潜りベッドに寝そべってスイッチしながら諦めていたのだけれど。今回は諦める。だって、ライブなんかいつでも行けるじゃん。LINE通話で私は彼氏にそう告げた。床にはお菓子の空箱と脱ぎ捨てられたパジャマや下着が散らばっていた。
いや、ライブ一人で行ってやんよと決心したのは何故だったっけな。前日私は、一人で古本屋へ行った。古本屋へ行こうと決心した時、もうライブへ行ってやんよとすでに思ってたんだっけか。
部屋を片付けた時だったろうか。正午、痒くなった頭と顔に耐えられなくなって風呂に入った時だったろうか。
長い商店街に洒落た本屋があったから1人で入った。小1時間くらい本を眺めた。ジャズが流れていた。本の並べ方もオシャレだった。ポストカードも売っていて、ひとつ欲しかったけど、また今度にしようと思った。カラマーゾフの兄弟の下巻が欲しかったから探したけど、結局買った4冊はバラバラなテーマのものだった。いや、そこに孤独が見えた気がするでもないが。
夕方1人、街をぶらぶら歩いた。酒が飲みたくなったけど、1人ではいる勇気もないまま、居酒屋を外から眺めながらぶらぶら歩いた。gwで人々が幸せそうにしているのを見るのが嫌。なんで嫌かって孤独を浮き彫りにさせるから。だから外に出なかったけど、意外と商店街は人が少なくて、みんな思い思いに家に帰ったりしてるようで寂しくならなかった。橋の上から、短パンを履いた外国人達がバーベキューしているのが見えた。ドクターマーチンで来ちゃったから、歩き疲れて川辺の階段に座り夕日を眺めた。その時Spotifyでlampを聞いていたっけな。夕日を写真に収めたくなってスマホを構えたが、やっぱり虚しくなってやめた。とてつもなく彼氏に会いたかった。ここに彼氏がいたらなぁと思った。gwの夕日は特別なのだ。
そう、思い出した。私はマンションのエントランスから外へ出た時、真っ青な空と、太陽が街路樹の緑を黄金に輝かせるのを見た時、何やってんだ彼氏はと思ったのだ。何やってんだ。こんなに素晴らしいgw、明日はライブ日和以外なんでもないって思ったのだ。行かないのはバカじゃん。って思った。
私はふらふら夕闇を歩いた。喉が乾いて、無性に酒を飲みたかった。彼氏にLINEしたら、ごめんね、体調が悪いの。とカビ臭そうな返事が返ってきて泣きそうになった。
私はふらりとラーメン屋に入った、レモンチューハイと、餃子と、白湯ラーメン。くださいって言った。
銀色のジョッキにいれられたレモンチューハイを飲みながら決心した。フェス一人で行ってやるよ。カランカランと氷が音を立てた。
私は無敵なんだと思えてきた。
ごちそー様でしたっ!とまたふらふら外へ出る。ナンバーガールを爆音でかけながら、夜の坂道をふらふらふらふら大股で歩く。明日私はライブへ行く。一人で行く。
5月
5月の陽射しを遮るビルはなく、庭の緑が美しく光る。家族はいつも私が車に乗り、見送りのため玄関から出てきた時に全員そろう。車の前に並ぶお父さんとおばあちゃん。眩しすぎてクラクラとなる。
老いた両親と、物忘れが激しくなった祖母を置いて私は助手席に乗る。
祖母は少し赤く潤んだ目を細め、浮腫んだ手を差し出した。
泣かないでよ。
私はそう言いながら白いパンのような暖かい手を握った。
泣かないよ。元気にやるんよ。また帰ってきてね。
うん。おばあちゃんも元気で。
あと、どれだけこれを繰り返すのか。帰る度に毎回思う。これが最後かもしれないと。
そんなことをぼんやりと考えるだけで、寂しいとか泣いてしまいそうとかではない。涙は出てこない。ドラマのような感動の場面を冷めた目で見つめ、暖かい言葉を交わす。薄情な人間だと心の中で思う。暗い気分になる。
運転席にはいつも母がいる。実家から新幹線の駅まで車で送ってくれるのだ。酷く眠く瞬きが重く感じ、膝に乗せたリュックを抱えて目を瞑る。母は運転しながら、帰る時くらい、そんな不機嫌にならないでよとため息をつく。暗い声で、
私は生理と昨日眠れなかったためだと返事をする。性格のせいだと思うよ。昨日はせっかく楽しかったのに台無しじゃん。と母は言った。またか、やっぱり母は何時だって私に毒ずくじゃないか。と嫌な気分になった。自分でも何故こんなに眠くて暗くなるのかわからなかった。数年ぶりに車窓から見える田園風景は何年も変わっておらず感動を覚えなかった。一昨日まで大阪にいたのに、ずっとここに居たような気がした。何年も買い物や塾や旅行へ行くたびに見た景色。
あと何回。
私はこれを繰り返すことが出来るのだろうか。そうやって思うのを懐かしむ日は必ずやってくるとわかっているのに。私は見慣れた風景を眩しく感じながらそんなことを思うのだった。